はじめに
猫の皮膚病の中でも、皮膚糸状菌症は比較的よく見られる感染症の一つです。この病気は、飼い主が見落としがちな症状から始まり、適切な治療を行わないと重症化する可能性があります。そこで今回は、獣医師監修のもと、猫の皮膚糸状菌症の症状と治療法、そして予防策について詳しく解説します。
1. 皮膚糸状菌症とは

皮膚糸状菌症は、皮膚糸状菌(dermatophyte)と呼ばれる真菌(カビの一種)による皮膚の感染症です。猫では、ミクロスポルム属(Microsporum)とトリコフィトン属(Trichophyton)の皮膚糸状菌が主な原因となります。この感染症は、猫の健康とQOLに大きな影響を与える可能性があるため、飼い主が適切な知識を持ち、予防と治療に努めることが重要です。
皮膚糸状菌の特徴
皮膚糸状菌は、角質親和性を持つ真菌で、皮膚の角質層、毛髪、爪などに寄生します。以下のような特徴があります:
- ケラチン分解酵素の産生:皮膚糸状菌は、角質(ケラチン)を分解する酵素を産生し、皮膚に侵入・定着します。
- 胞子の形成:皮膚糸状菌は、分生子(胞子)を形成し、環境中で長期間生存することができます。
- 好湿性:皮膚糸状菌は、湿った環境を好み、多湿な条件下で増殖しやすくなります。
皮膚糸状菌は、猫の皮膚に定着し、炎症反応を引き起こします。
感染経路
皮膚糸状菌症は、以下のような経路で感染します:
- 直接接触:感染した猫との直接的な接触により、皮膚糸状菌が伝播します。
- 間接接触:皮膚糸状菌に汚染された環境(寝床、ブラシ、ケージなど)を介して感染します。
- 胞子の吸入:空気中に浮遊する皮膚糸状菌の胞子を吸入することで感染することがあります。
皮膚糸状菌は、猫だけでなく、他の動物(犬、ウサギ、げっ歯類など)にも感染します。また、人への感染(人獣共通感染症)も報告されています。
感染リスク因子
以下のような要因は、皮膚糸状菌症の感染リスクを高めます:
- 若齢猫:免疫機能が未発達な子猫は、感染リスクが高くなります。
- 免疫抑制状態:FIV感染症、FeLV感染症、副腎皮質機能亢進症などの免疫抑制状態にある猫は、感染リスクが高まります。
- 皮膚のバリア機能の低下:外傷、皮膚炎、皮膚の湿潤などにより、皮膚のバリア機能が低下した猫は、感染しやすくなります。
- 多頭飼育:多数の猫を飼育する環境では、感染が拡大するリスクが高くなります。
- 不衛生な環境:皮膚糸状菌の胞子に汚染された環境は、感染リスクを高めます。
これらのリスク因子を理解し、適切な予防対策を講じることが重要です。
潜伏期間と感染範囲
皮膚糸状菌症の潜伏期間は、感染から症状が現れるまでの期間で、通常は1~3週間です。ただし、免疫状態や感染菌の種類によっては、より長い潜伏期間を示すこともあります。
感染範囲は、局所的なものから全身性のものまで様々です。初期段階では、限局した皮膚病変が見られることが多いですが、免疫抑制状態の猫や治療が遅れた場合は、全身に感染が広がることがあります。
皮膚糸状菌症は、適切な診断と治療が重要な感染症です。飼い主は、猫の皮膚の状態を注意深く観察し、異常に気づいたら速やかに獣医師に相談することが大切です。また、予防措置を講じることで、感染リスクを減らすことができます。
2. 皮膚糸状菌症の症状

皮膚糸状菌症の症状は、感染部位や感染菌の種類、猫の免疫状態によって異なります。飼い主は、これらの症状を見逃さないよう注意深く観察し、異常に気づいたら速やかに獣医師に相談することが重要です。ここでは、皮膚糸状菌症の代表的な症状について詳しく解説します。
脱毛
脱毛は、皮膚糸状菌症の最も一般的な症状の一つです。感染部位の毛が抜け落ち、円形や不整形の脱毛斑が現れます。脱毛は、以下のような特徴を示します:
- 脱毛斑の大きさ:直径数mmから数cmまで様々です。
- 脱毛斑の数:単発性のこともあれば、多発性のこともあります。
- 脱毛斑の分布:頭部、耳、前肢、尾などに好発しますが、全身に広がることもあります。
脱毛斑の周囲の毛は、抜けやすくなっていることが多いです。
皮膚の変化
皮膚糸状菌症では、脱毛に加えて、皮膚に様々な変化が生じます。以下のような症状が見られることがあります:
- 鱗屑(フケ):脱毛斑を中心に、皮膚の表面に乾燥した鱗屑が見られます。
- 紅斑(発赤):感染部位の皮膚が赤く発赤することがあります。
- 丘疹(小さな隆起):皮膚に小さな丘疹が現れることがあります。
- 痂皮(かさぶた):感染が進むと、脱毛斑に痂皮が形成されることがあります。
これらの皮膚の変化は、感染の段階や猫の免疫応答によって異なります。
痒み
皮膚糸状菌症では、痒みの程度は様々です。一部の個体では、強い痒みを伴うことがありますが、痒みが軽度であったり、痒みを示さない場合もあります。痒みの有無は、以下のような要因に影響されます:
- 感染菌の種類:ミクロスポルム属による感染は、トリコフィトン属による感染よりも痒みが強い傾向があります。
- 感染の段階:感染初期は痒みが軽度であることが多く、感染が進むにつれて痒みが増強することがあります。
- 二次感染の有無:細菌の二次感染を伴う場合は、痒みが強くなることがあります。
痒みは、猫が感染部位を頻繁に舐めたり、掻いたりする行動として現れます。
爪の変化
皮膚糸状菌が爪に感染すると、爪の変形や脱落が見られることがあります。爪の変化は、以下のような特徴を示します:
- 爪の肥厚:爪が肥厚し、もろくなります。
- 爪の変形:爪が変形し、ひび割れや層状剥離を示すことがあります。
- 爪の脱落:感染が進行すると、爪が脱落することがあります。
爪の変化は、歩行時の痛みや不快感を引き起こすことがあります。
全身症状
皮膚糸状菌症は、通常は全身症状を伴いませんが、免疫抑制状態の猫や広範囲の感染がある場合は、以下のような全身症状を示すことがあります:
- 発熱
- 食欲不振
- 元気消失
- リンパ節腫脹
全身症状を伴う皮膚糸状菌症は、重症であり、速やかな治療が必要です。
皮膚糸状菌症の症状は、多様であり、時間とともに変化することがあります。飼い主は、日頃から猫の皮膚と被毛の状態を注意深く観察し、異常に気づいたら速やかに獣医師に相談することが大切です。早期発見と適切な治療が、皮膚糸状菌症のコントロールと猫のQOL維持に繋がります。
3. 皮膚糸状菌症の診断と治療

皮膚糸状菌症の適切な治療のためには、正確な診断が不可欠です。獣医師は、問診、身体検査、および各種の検査を組み合わせて、皮膚糸状菌症の診断を行います。ここでは、皮膚糸状菌症の診断方法と治療方法について詳しく解説します。
診断
ウッド灯検査
ウッド灯は、特殊な紫外線ランプで、一部の皮膚糸状菌(ミクロスポルム・カニス)に感染した毛が、緑色の蛍光を発します。ウッド灯検査は、簡便で非侵襲的な検査法ですが、偽陰性や偽陽性の可能性があるため、確定診断には使用されません。
直接鏡検
脱毛斑や皮膚の掻爬物をスライドガラスに取り、KOH(水酸化カリウム)溶液で処理して顕微鏡で観察します。皮膚糸状菌の菌糸や分生子が確認できれば、診断が確定します。ただし、検査の感度は高くないため、陰性でも皮膚糸状菌症を完全に除外することはできません。
真菌培養
脱毛斑や皮膚の掻爬物を、真菌の選択培地(サブローデキストロース寒天培地やDTM培地)に接種し、25~30℃で2~4週間培養します。コロニーの形態や顕微鏡的特徴から、皮膚糸状菌の種類を同定します。真菌培養は、皮膚糸状菌症の確定診断と原因菌の特定に有用ですが、結果を得るまでに時間がかかります。
PCR法
皮膚糸状菌のDNAを検出するPCR法は、感度と特異度が高く、迅速な診断が可能です。ただし、特殊な機器と技術が必要であり、一般的な動物病院では実施されていません。
治療
皮膚糸状菌症の治療は、全身療法と局所療法を組み合わせて行います。治療期間は、感染の重症度や猫の免疫状態によって異なりますが、通常は数週間から数ヶ月を要します。
全身療法
全身療法では、経口抗真菌薬を使用します。代表的な薬剤は以下の通りです:
- イトラコナゾール:最も一般的に使用される経口抗真菌薬です。1日1回または1日おきに投与します。
- テルビナフィン:イトラコナゾールと同等の効果があり、副作用が少ないとされています。1日1回投与します。
- フルコナゾール:イトラコナゾールやテルビナフィンが使用できない場合に選択されます。1日1回投与します。
これらの薬剤は、数週間から数ヶ月間継続して投与します。治療中は、定期的に真菌培養を行い、陰性化を確認します。
局所療法
局所療法では、抗真菌作用のあるシャンプーやクリームを使用します。これらの製剤は、全身療法との併用で使用され、感染部位の真菌量を減らし、症状を改善します。
- 抗真菌シャンプー:クロルヘキシジンやミコナゾールを含有するシャンプーを、週1~2回使用します。
- 抗真菌クリーム:ミコナゾールやクロトリマゾールを含有するクリームを、感染部位に1日1~2回塗布します。
局所療法は、全身療法と並行して行い、症状の改善と再発防止に役立てます。
環境管理
皮膚糸状菌の胞子は、環境中で長期間生存するため、治療と並行して環境管理を行うことが重要です。
- 寝床やブラシ、ケージなどの消毒:次亜塩素酸ナトリウムやエンリロフロキサシンで消毒します。
- 掃除機掛け:床や家具、カーペットを頻繁に掃除機で清掃します。
- 感染猫の隔離:他の動物や人への感染を防ぐために、感染猫を隔離します。
環境管理は、感染の拡大防止と再発防止に重要な役割を果たします。
皮膚糸状菌症の診断と治療には、獣医師の専門的な知識と経験が不可欠です。飼い主は、獣医師とのコミュニケーションを密にし、適切な治療と管理を行うことが重要です。また、治療中は定期的な経過観察を行い、再発がないことを確認します。飼い主の協力と適切な治療により、皮膚糸状菌症を克服し、猫の健康を取り戻すことができます。
4. 皮膚糸状菌症の予防策

皮膚糸状菌症を予防するためには、感染リスクを減らし、猫の健康を維持することが重要です。ここでは、飼い主が実践できる皮膚糸状菌症の予防策について詳しく解説します。
衛生管理の徹底
皮膚糸状菌の胞子は、環境中で長期間生存するため、日常的な衛生管理が感染予防に重要です。
定期的な掃除と消毒
- 掃除:床、家具、カーペットなどを定期的に掃除機で清掃し、皮膚糸状菌の胞子を取り除きます。
- 消毒:次亜塩素酸ナトリウムやエンリロフロキサシンを用いて、寝床、ケージ、ブラシなどを定期的に消毒します。
グルーミング用品の管理
- 専用のグルーミング用品:猫ごとに専用のブラシやクシを用意し、他の猫と共有しないようにします。
- 定期的な洗浄と消毒:グルーミング用品は、使用後に洗浄し、適切な消毒剤で消毒します。
猫の清潔維持
- 定期的なグルーミング:猫の被毛を清潔に保つために、定期的にブラッシングを行います。
- 必要に応じたシャンプー:皮膚や被毛が汚れた場合は、猫用のシャンプーで洗浄します。
ストレス管理
ストレスは、猫の免疫力を低下させ、皮膚糸状菌症の感染リスクを高めます。ストレスを最小限に抑えるために、以下のような取り組みを行います:
- 適切な住環境の提供:猫が安心してくつろげる空間を用意し、ハイドアウェイ(隠れ家)や高い場所を設置します。
- 規則的な食事とトイレ管理:食事とトイレの時間を一定に保ち、清潔な環境を維持します。
- 遊びと運動の機会:猫の性格に合わせて、毎日の遊びと運動の時間を確保します。
- 複数飼育環境の工夫:複数の猫を飼育する場合は、資源(食事、水、トイレ、寝床など)を十分に用意し、猫同士の軋轢を避けます。
健康管理
猫の全身の健康状態を維持することは、皮膚糸状菌症の予防に役立ちます。
バランスの取れた食事
- 高品質のタンパク質:良質なタンパク質源を含む、年齢や健康状態に適した食事を与えます。
- 必要な栄養素の確保:ビタミン、ミネラル、必須脂肪酸など、皮膚と被毛の健康に必要な栄養素を十分に摂取させます。
定期的な健康チェック
- 年に1~2回の健康診断:定期的に獣医師の健康チェックを受け、皮膚や被毛の状態を評価してもらいます。
- 早期発見と治療:皮膚糸状菌症の兆候を早期に発見し、適切な治療を開始することが重要です。
ワクチンと薬剤の活用
一部の国や地域では、皮膚糸状菌症に対するワクチンが利用可能です。また、予防的な薬剤の使用も検討されます。
ワクチン接種
- 皮膚糸状菌症ワクチン:ミクロスポルム・カニスに対するワクチンが開発されており、感染リスクの高い猫に接種することで発症を予防できる可能性があります。
- ワクチンの適応:多頭飼育環境や感染リスクの高い猫に対して、獣医師と相談の上、ワクチン接種を検討します。
予防的な薬剤の使用
- イトラコナゾール:感染リスクが高い環境では、獣医師の指導の下、予防的にイトラコナゾールを投与することがあります。
- ライムサルファー・ディップ:感染リスクの高い猫に対して、ライムサルファー・ディップを定期的に行うことで、感染を予防することがあります。
ただし、ワクチンや予防的な薬剤の使用は、獣医師との相談の上、慎重に検討する必要があります。
飼い主は、これらの予防策を日常的に実践することで、皮膚糸状菌症のリスクを減らすことができます。また、他の猫や人への感染を防ぐためにも、感染が疑われる場合は速やかに獣医師に相談し、適切な対応を取ることが重要です。飼い主の理解と積極的な取り組みが、猫の健康維持と皮膚糸状菌症の予防に繋がります。
まとめ

猫の皮膚糸状菌症は、皮膚糸状菌が原因で発生する感染症です。円形の脱毛斑や皮膚の変化、かゆみなどの症状が現れた場合は、速やかに獣医師に相談しましょう。診断には、ウッド灯検査や顕微鏡検査、真菌培養検査などが用いられ、抗真菌薬による治療が行われます。予防には、衛生管理やストレス管理、健康管理、定期的な健診が有効です。飼い主が適切な対策を講じることで、猫の皮膚糸状菌症を防ぎ、健康な皮膚を維持することができるでしょう。

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